マスコミ語録

メディアに掲載された石原伸晃関連記事を以下よりご覧頂けます。

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どうする
ニッポン・マリンスポーツ
SPECIAL

海に出て、子どもたちは
生きることの厳しさを学んでいく
KAZI 9月号

平成2年、衆議院議員に初当選して以来、政治の舞台で活躍を続け、現在は小泉内閣のもと、行政改革・規制改革担当大臣として、らつ腕を振るう石原伸晃氏(46歳)。激務に追われながらも、数少ない休日にはセーリングクルーザーでクラブレースを楽しんでおり、ジュニアセーラーの育成にも関心が高いことから、今年6月には社団法人日本ジュニアヨットクラブ連盟の理事に就任した。

同連盟では、8月に国内外のジュニアセーラー約200名を福井県小浜市に集めて、第28回全国少年少女ヨット大会を開催する予定で、新理事になった石原氏も出席を希望している。

今回は、同大会のスポンサーに名乗りをあげたブラクストン株式会社社長、西岡一正氏をまじえながら、行革の担当閣僚として日本をけん引しつつ連盟の役職を担う石原氏に、ジュニアセーラー育成の役割をはじめ日本のヨットを取り巻く環境についてご意見をうかがった。(文中、敬称略)

聞き手/田久保雅己・構成/市川和彦・写真/矢部洋一

■ジュニアセーラーは、増えてきたけれど

石原さんは、休日になるとセーリングクルーザーでレースを楽しんでいるそうですが、どんなポジションを担当されているのですか。

石原:最近、クラブレースをするようになったのは、一昨年に家族共有でヨットを買い替えたのがきっかけです。それまでは26ftの古いヨットを持っていたのですが、沈みかけてしまうほど老朽化してしまったので、出物を探しているうちに31.7ftのヨットを手に入れたというわけです。普段は舵を持っていますが、バウに行ってスピネーカーを揚げることもあり、状況に応じてスキッパーからクルーワークまで、なんでもやっています。

ヨットは、いつ頃から乗られているのですか。

石原:私は、江の島ジュニアヨットクラブの第2期生なんです。ここでデインギーに乗りながらヨットの基本を覚え、15歳のときにはトランスパックに出場しました。そのときは、福吉信雄さんら外洋ヨットの大先輩諸氏から、ずいぶんとしごかれました(笑)。そうそう、レース中、腹痛に襲われ、福吉さんからお灸をしていただいたのですが、その跡がいまだに残っています。30年前の古傷ってヤツで、それを目にするたびにトランスパックを思い出します。

15歳での参加は、このレースにおける当時の最年少記録だと思います。デインギーから始めて国際外洋レースまで、実に幅広く活躍されていたのですね。また、資料を拝見しますと、西岡さんもKCC(慶應義塾大学クルージングクラブ)でヨットに親しんだ後、やはりトランスパックに出場されています。石原さんも慶應義塾大学のご出身ですから、大学とトランスパックの両方で先輩後輩の間柄になるわけですね。

<p class="interview2"><span>西岡:</span>石原さんのほうが年は若いのですが、トランスパックでは先輩になります。石原さんが出場したのは1973年のレースで、私は1991年のレースに参加しました。デッドカームが続いて、頭が狂いそうになりましたよ。10日間ほどでフィニッシュできると思ったのに、13日もかかってしまいました。

石原:私のときは14日かかりました。レーシングヨットは、時代とともにどんどん速くなっていきますね。

ところで、どのような動機でブラクストン社は全国少年少女ヨット大会のスポンサーになられたのですか。

西岡:まずは私自身、ヨットが大好きですから、以前から海に出る子どもたちを応援したいという気持ちがありました。日本の子供たちには、ヨットを通して視野が広く、スケールの大きい、立派な社会人になってもらいたいと、常日頃から願っています。また、弊社は、企業のコンサルティングという、メーカーさんのようにあまり表に名前が出てこない会社ですが、長い目で見て、ヨットを通じて育っていく子どもたちに、私たちのビジネスの内容を知ってもらえれば幸いです。

日本の将来を考えるうえで、ヨットに親しむということが子どもたちにどのような影響を与えるでしょうか。

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石原:ヨットで海に出るということは自然を相手にするということですから、大げさな言い方かも知れませんが、生と死の境に接するという厳しさを肌で感じることができると思うのです。生きることの大切さを知り、逆境を乗り越える勇気や決断力などが養えるはずです。

コンピューターゲームに代表されるように、とかく現代はバーチャルな社会などと言われがちですが、実はここに来てジュニアヨットクラブの門を叩く子どもたちが増えているんですよ。東京や横浜、葉山など、関東周辺のクラブはどこも定員がいっぱいで、入れなかった子どもたちはウェイティングリストに名前を書くという状況が続いています。

西岡:OPデインギーなどは1人しか乗れませんから、サッカーなどと違って一度にたくさんの子どもたちを教えることができないのです。かと言って指導者がたくさんいるわけでもなく、ボランティアに頼っているのが現状で、器材にも限りがあります。しかし、先のアジア大会で優勝することができたヨットの種目は、OPだけだったんですよ。ジュニアは、選手も指導者もみんな頑張っているんです。だから、弊社のような企業もできるだけの応援をしたいのです。

自然相手のスポーツで学べること

指導者や器材、ゲレンデといった問題のほかにも、ヨットの普及にはさまざまな壁があると思います。石原さんが特に感じている壁はありますか。

石原:日本は、四方を海に囲まれた国なのに、どちらかといえばヨットはマイナーなスポーツになっています。器材や指導者といった目の前の問題もさることながら、一般の理解を広める努力も大切なのではないでしょうか。今年、招かれてニュージーランドへ行ってきましたが、ちょうど、あちらの行政改革担当大臣がアメリカズカップ担当大臣も兼ねていたため、「行革の話も、背広を脱いでヨットの上でしましょう」ということになり、68ftのメガヨットに招かれました。ニュージーランドではクルマよりもヨットが多いんですよね。日本と同じ島国でも、かなりヨットに対する認識が違います。

国内に目を移した場合、いかがですか。

石原:総じて、行政はマリンスポーツに冷たいという感じがします。加えて、漁業権のような複雑な仕組みが絡んでくるため、たとえば島ヘクルージングに行っても、なかなか思うように停泊できないといった問題に直面しがちです。ヨットにしろパワーボートにしろ、ゆっくりとクルージングが楽しめるような大きなフネを持っているユーザーはかなりいると思いますが、せっかく手に入れたのに宝の持ち腐れになっているケースも多いと思います。こうした状況が続くかぎり、マイナーな世界から抜け出せないのではないでしょうか。

海で事故が起きると、マスコミは管理体制や規制の不備などを指摘しがちですが、そうした社会通念も普及の妨げになっているのではないでしょうか。

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西岡:確かに、行政の問題だけではありません。学校の先生や地域の人たちにとっても、自分たちの懐のなかで事故は起こしたくない、なにか問題を出したくないと考えてしまいがちです。

しかし、ヨットは自然相手のスポーツですから、自分たちのカが及ばないこともあるわけです。問題は、事故が起きないように努力することと、事故が起きたとき、どのように対処するかなのです。みんなが一生懸命にレスキューに力を尽くし、後で真剣に事故を分析して安全対策を学んでいく姿勢があれば、自ずと事故は減っていくと思うのです。「あれはするな、これもするな」と、細かく規制をすることだけでは、なかなか事故は減らないと思います。むしろ、事故に対処した経験を生かす仕組みをつくって、それを積極的にサポートしていくことが大切だと考えます。そうした努力を続けることで、社会通念を変えていかねばならないと思います。

石原:安全に関して極論を言ってしまえば、「危ないところには行くな、風が吹いたら海に出るな」ということになってしまいます。しかし、風や波の様子、子どもたちの体力などを総合的に判断しながら、精一杯のところで自然に立ち向かう指導員の姿に、子どもたちは啓発されるのではないでしょうか。指導員がどんな指示を下していくか。それを受け止めながら子どもたちは自然の怖さ、自分の身の安全確保などを学んでいくのだと思います。そして、こうした経験によって育まれた自立心やチャレンジ精神は、陸の生活、たとえば社会へ巣立ったときに、かならず役立つことだと思います。ヨットは自己責任を学ぶ最適なスポーツなんです。基本的に、沖に出たら誰も頼れませんからね。

毎年開催されている全国少年少女ヨット大会には、韓国やロシア、ニュージーランドなどからも子どもたちが遠征してきますが、聞くところによるとロシアなどは子どもたちを4艇のセーリングクルーザーに分乗させ、日本海を渡って参加してくるそうです。ヨットを通じて、海洋国家たる自国の子供たちの教育をしっかり行っているわけで、実にうらやましく感じます。

次世代への継承にカを入れたい

西岡:最近、日本のジュニアヨットクラブでは、女の子のメンバーが増えてきたそうです。また、母親に連れられてジュニアヨットクラブに入る子どもが多いと聞きますから、どうやら子どもたちが父親の言うことを開かなくなってしまったようです(笑)。小浜で開催される今回の全国少年少女ヨット大会では、ママさんたちが子連れで我が子を応援できるように、託児所を設置するそうです。

石原:そう言えば先日、学連のレースを見に行ったら、けっこう女性セーラー勢が日立っていましたね。オリンピックでメダルを取ったのも女性でした。

西岡:女性セーラーは総じて真面目ですよ。ただし、ことレースになったら夏は熱中症が怖いといいます。彼女たちはトイレの心配があるため、水を補給したがらないんです。これが、いちばん頭が痛いとジュニアヨットクラブ連盟の方も言っておられました。

そのため、今回の全国少年少女ヨット大会では、なるべく浜に近いところにレース海面をつくり、参加者すべてが見られる場所に連絡ボートを配置しておき、トイレに行きたくなった参加者がいたら迅速に浜まで運べるよう配慮するそうです。また、子どもが熱中症にかかったかどうか見分ける判断カが、連盟のスタッフには問われるそうです。

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石原:私は、東京消防庁の救命技能認定を受けていますから、取りあえずは大丈夫かな(笑)。それにしても、託児所を設けたりトイレの配慮にカを入れたりと、ヨットレースが女性の参加に重点を置き始めてきたことを感じます。仕事に追われて考える余裕がないお父さんたちに代わって、どんなことを子どもにしてあげたらいいのかを、お母さんたちが考えてくださっているのかもしれませんね。

西岡:かつて、若い頃にヨットを経験したお母さんたちが、我が子もヨットに乗せてあげたいと願うケースが多いようです。こうした次世代へのバトンタッチが積み重ねとなって、普及に弾みがついていくのではないかと思います。

石原:逆に、かつては男性セーラーの晴れ舞台のように思われていたクルーザーの島回りレースが、最近では少なくなってしまいました。そこで、私が所属しているヨットクラブでは、今年7月に相模湾の初島を回るオーバーナイトのローカルレースを開催しました。まずは、クラブ単位で開催してみて、しだいに輪を広げていきたいと考えています。若いセーラーたちに、外洋レースの醍醐味を伝える機会を少しでも残しておかないと、クルーザーの世界はお年寄りばかりになってしまいますからね。

確かに、ある世代にあるジャンルのヨットだけが普及しても、それは健全な姿とは言えないでしょう。ジュニアからシニアまで、おしなべてヨットが普及していくことを願います。今日は、いろいろなご意見をいただき、ありがとうございました。

石原伸晃:
江の島ジュニアヨットクラブ第2期生。15歳でトランスパックレースに出場、参加最年少を記録。昭和56年、慶応義塾大学卒業。平成2年、衆議院議員初当選。平成13年、行政改革・規制改革担当大臣就任。平成15年6月、社団法人日本ジュニアヨットクラブ連盟理事就任
西岡一正:
昭和44年、慶應義塾大学卒業。在学中は慶応クルージングクラブ主将として活躍。平成3年、トランスパックレース参加。現、ブラクストン株式会社(旧、デロイトトーマツコンサルティング)代表取締役社長

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